2019/05/05

日本人の勝算 David Atkinson著

金融業界出身のイギリス人が著者。長年日本に住み、将来の日本の経済状況を憂いて、
その処方箋を示した著作がこの「日本人の勝算」。現在日本が直面する人口減少を原因とした諸課題に対する政策提言を網羅している点で、論理的かつ公的データに立脚した議論がなされている。
日本経済をマクロ的に俯瞰して、将来への対策を考えるための良書だと思う。

事実
  • 日本の危機2060年までに人口は2016年比で32.1%減少する。(G7の平均はこの間で14.9%増加。日本の人口減少は世界史的に見ても突出している)
  • 人口減少は65歳未満の「労働人口」で大きく起こり、65歳以上の「非労働人口」は絶対数でも増える。特に85歳以上の伸び率はほぼ同い期間で2倍となる。
  • 若い世代は家を買う、子供の教育など支出が大きい。一方で高齢者は金融資産は若い世代より圧倒的に持っているものの、支出は少ない。お金を使わないのである。それは将来への不安への備えとも言える。
  • つまり人口減少➡︎支出の減少➡︎需要の減少となる。
  • 需要の減少に対して、企業は生き残りをかけてコストを下げて売る。給与を下げる、材料費を下げる、利益を減らす。これによって市場に流れる商品・サービスの価格は下がり、デフレにつながる。
  • 最近の傾向として老齢層の投票率は高く、若年層は低い。高齢者層はデフレを好む傾向があり、政党は選挙を意識して高齢者層の支持率を意識する。そのため政策もデフレを支える手法が取られやすい。
  • 結論としては、人口減少はデフレ圧力を強める。(IMF, OECDのデータで確認済み)
  • なお、デフレになると、ものが下がって良いではないかという議論があるだろう。しかし、労働人口にとっては給与が上がらず、場合によって職を失い、可処分所得が減っていく効果が指摘されるし、非労働人口にとっても、労働人口が主に払う社会保険料に支えられた年金・介護・医療など予算が足りなくなるので、やはり困る。スーパーで物が少し安く買えた喜び以上に、社会保障が使えなくなることがより辛いはずである。
議論
  • 2019年5月時点でまだ継続されている日銀+政府一体の金融緩和。つまり金利をマイナスにして、国債を日銀が買い占めて、その分、現金を大量に発行して市場に供給することで、貨幣の価値を下げてインフレ率の上昇を期待する政策である。市場への貨幣供給量を調整する政策をマネタリズム(サプライサイド経済学がバックボーン)と言う。
  • しかし日本の様に少子高齢化の進む国では機能しないという考え方が世界の経済学の潮流と言える。なぜなら折角供給した貨幣の行き先が無いからである。例えば都市部ですら空き家が増えている現象は、不動産供給(相変わらず高額)の割に、それを購入できる層が限られているためである。(無論古い規制の問題も追い討ちをかける)人生で最も大きい出費を伴う住宅において、需要>供給の現象が起きていて、即ち銀行ローンへの需要、お金への需要がない。実際にはお金は刷っていても使われない訳である。
    繰り返すと、人口が増えている状況において、マネーを多く供給する事でインフレ効果は上がるかもしれないが、日本のこの状況では効果が無いということになる。
  • 世界各国と比較しても、人口増加率(減少率)と経済成長率には相関関係が確認できる。(世界銀行のデータ)
  • 人口成長率と、一人当たり生産性の向上。どちらが経済成長に効くか。アメリカと欧州と比較するデータによると、一人当たり生産性の高い欧州よりも、人口成長率の高いアメリカの方がGDP増加率が高いことが分かる。やはり人口の増減はGDPに与える影響が大きいということである。
  • 人口が増えるのが一番良いのだが、日本の場合は出生率が急激に上がる事は考えにくく、しかも即効性がない。そうなると、一人当たり生産性を上げることを考えないといけない。つまり一人一人の所得、特に可処分所得を上げていく政策が重要。いまの一人当たりGDP(2015年) 720万円を、2060年には1,260万円に上げないとGDPを維持できない。
  • 何故GDPを維持する必要があるか。2015から2060までに減る労働人口は3,264万人。これは世界第5位の経済力を誇るイギリスの労働人口(3,211万人)がスッポリ日本から無くなるとのと同じ事を意味する。これは国力が疲弊し、経済が麻痺していくことに繋がる。故に生産性を上げ、少なくとも一人当たりGDPは維持する必要がある。
  • もう一つの大きな問題は65歳以上の非労働人口(高齢者)は減らないという事である。いまの生産性が変わらないままだと、2015年の64歳未満の収入に占める社会保障費負担率は36.8%だが、2060年には64.1%になる。当然こんな高い負担には耐え切れないので、その前に社会保障システムは破綻するだろう。
提案
  • 経済規模を追うのではなく、経済の中身(生産性)を上げることに集中するべし。
  • 一人当たりの所得を増やす。
  • 女性活躍、中高年活躍。
  • 「良いものを安く」モデルから「良いものを高く」モデルへの変換。
  • アメリカなどの人口増加傾向の国の政策をモデルにしない。
  • 企業を自由に活動させると、コストカット、配当増加のみに向かう。これに一定の歯止めを政府が行い、賃上げ、高くものを売るための創造性向上に方向性を変えさせる。
  • 小さい企業だと下請けから脱することが出来ず、生産性がどうしても上がらない。同業界であれば集約し、大企業化することで生産効率は上がる。
  • 内需であまる分は輸出に振り向ける。(日本の一人当たり輸出は意外に低い)
    例えば、2015年で5,360ドルの一人当たり輸出額は、韓国の1/2、ドイツの1/3、オランダの1/6。まだまだ輸出できるチャンスはあるのではないか。その際に中国を標的にするのは、先進技術を持った日本としておかしい。価格で勝負という考え方に染まっているから。
  • 輸出比率が高い国、あるいは高い企業は、生産性が高いことが実証されている。ただし、因果関係としては、輸出できるほどの生産性の高い国や企業が輸出に有利だと解釈されている。つまりなんでも良いから輸出ではなくて、順番としては生産性を如何にあげて
  • 最低賃金を上げよ。イギリスの例では最低賃金があがると、失業率は減り、一人当たりGDPが上がっている事実がある。それと抱き合わせで、経営者も含めた社会人への人材教育を強化するべき。
読後感想
 久々に刺激を受けた本だった。日本人の視点でないほうが日本を客観的に見れるということで、少々悔しいところもあり、同時に素直に正しいと思われることは受け入れるべきだろう。
 いくつか、自分のいままでの常識と違うところとしては、特に輸入についてだ。
日本は輸入をもっとするべき、かつ原材料、中間財を「先進国」から輸入するほうが生産効率を上げるとしている。これはOECDなど複数のレポートに拠るもので、精度の高いデータに基づいていると思われる。日本は韓国などに基幹部品などを輸出しており、それを誇っているようだが、逆に言えばそれは韓国やアジア周辺地域の生産性を上げることに繋がっているという見方ができる。

従来電子業界ではスマイルカーブという考え方、ものづくりは付加価値を取れず、材料・部品などの上流、あるいは販売・マーケティングなどの下流に付加価値が溜まるといわれてきた。この考え方は経験的にいって正しい。どの条件で、この理論が生き、OECDのレポートとの整合性が取れるのか、学問的に非常に面白いテーマになりそうだ。
 蛇足だが、個人的にはこの提言に加え、「QOLを重視した終末医療に対する個人の意思をより尊重する仕組み」を盛り込みたい。命に対する議論は倫理的に非常に丁寧に進めないといけないが、植物状態になった老人をただ機械で体のみを行かせ続けることについて、本当にそれが本人に取って望むことなのか、タブーにせずに議論が必要だと考える。