2021/01/24

MMTとは何か <日本を救う半緊縮理論> 島倉原著 角川書店 

(2021年1月寄稿)
新書版の薄さでありながら、MMTの主張を網羅し、かつ客観的データで検証しているとともに、日本のいまの経済状況にどう応用できるかまで踏み込んで解説している。私のように中途半端に経済学をかじった人間にとっても平易であると同時に、信頼性の高いデータを利用しているので納得感もある、お勧めの一冊。いくつかMMTの本を読ませてもらったが、ケルトン教授の「財政赤字の神話」を読んで概略を理解したうえで、この本で確認していくのが一番よく理解できると思う。

内容は読んでいただくとして、一般的なMMTに対する質問にこの本がどう答えているか、Q&A的にまとめてみる。
  • MMTの骨子は?
    =完全雇用と物価の安定を目指す財政提言
    =通貨は税金を払うための手段として発達してきた
    =自国通貨を発行できる政府において、財政破綻は理論的にあり得ない
    =金融緩和(現在の政府・日銀の政策)よりも財政出動(直接政府支出によって民間の消費意欲を刺激する)の方が効く
    = 政府の赤字は民間の黒字
    = 政府は無限に通貨を発行できる、ただし過度なインフレにならないよう調整が必要・・つまり財源論は意味のない議論。
    = 財政支出において、その支出先が未来につながるものであれば良い。
  • MMTは無税国家を目指すのか?
    = 違う。MMTは貨幣価値を、税金を納めるための手段として定義している。それゆえ無税にしてしまうと、貨幣としての価値が国民に認められなくなるので、無税国家はあり得ない。
  • 税金は何のためにあるのか?
    = 納税のために通貨に対する需要を生む。
    = 過度なインフレを起こさないための調整弁
    = 富の再分配(累進課税所得税、固定資産税、相続税)
    = 悪い行いを正す(タバコ税、酒税、環境税、関税)・・関税は国内産業/雇用の急激な衰退を緩和するため
    = 税金は国庫を潤すためのものではない! 
  • 課すべきではない税は?
    = 社会保障税 (企業負担を押し上げ、雇用の抑制につながる)
    = 消費税 (購買力を引き下げるので特に不況・デフレ時はだめ。逆進性も高い)
    = 法人税 (雇用を海外に移す可能性が高まる。利息が経費になるので借り入れが増える)
  • MMTは社会主義、共産主義か?
    = 違う。財政出動は、あくまで受益者の負担を求める(リタイヤした年金生活者は別)もので、労働意欲と労働機会を達成するための考え方。自由経済や貿易を否定していない。
  • 本当に国家の赤字は民間の黒字なのか?
    Aの支出は、Bの収入。そしてその支出と収入を足すとゼロになる。
    同じ原理で政府の黒字は、民間の赤字になり、これを足すとゼロになる。
    つまり政府は黒字で、さらに民間も黒字ということは原理的にあり得ない。
  • つまり緊縮財政(政府が黒字を目指す政策)は、民間の赤字につながるということか?
    Yes。日本の場合は1990年半ばからずっと緊縮財政モードになっており、それにより民間(企業・個人)の収益は悪化し、デフレ+不況が続いている。
    逆に言えば、民間が黒字であり続けるためには、政府は赤字であり続ける必要がある。
  • 国債の役割とは何か?
    = 金利が低すぎて過剰投資及びインフレを誘発する場合に国債を発行し、通貨を市中から吸収して金利を上げ、インフレを抑制するための道具。
    = 金利が高く、デフレ基調であれば逆に国債を購入し、市中に多くの通貨を流通させ、景気を促進する。
  • 円建ての国債が海外にわたり、それが暴落したり、為替危機をもたらさないのか?
    = 海外部門と民間部門で、国債の意味合いは一緒。
    = 仮に何らかの要因で海外投資家が日本国債を大量に売り出すとすると、確かに国債価格は下がり、金利は上がり、かつ円安圧力が生まれる。
    しかし、上がった金利分は国債を増発することで支払える。かつ金利上昇は、市中の国債を政府日銀が買い上げることで市場の国債を減らし、金利を下げられる。
    また円安圧力は、日本は変動相場制採用国家なので、自動的に修正される。つまり円安で輸入は減り、輸出は増える貿易収支は悪化し、その分円への需要は増え、円の対外レートは適正水準に落ちつく。
  • 20年以上前にあったいくつかの国債デフォルトはなぜ起きたのか。なぜ日本では起きないのか?
    = ロシア、イギリス、イタリア、タイなどでかつて起きている。
    これらの国は、当時、固定相場制を採用していた、あるいは変動相場でも当該国がその通貨の実力以上に為替操作をしていたこと。自国通貨の国債でも実質的に為替固定にして外貨による発行と同じことをしていた。それにより防衛のための外貨が必要となるが、外貨準備が足りなくなると防衛手段が枯渇してしまっていた。日本は変動相場制を採用し、また外貨と為替交換レートを固定した国債を発行していないので、同じことは起きない。
  • 日本は結果としてこの20年間、ずっと赤字国債を発行してGDP比で一番大きな額の国債を発行している。なのになぜMMT理論で主張するようにデフレ脱却できないのか。
    = 金融緩和で行っており、財政支出をしていないから。金融緩和は銀行にある国債を政府・日銀が購入するわけだが、民間銀行からすると資産にあった国債が現金(実際は当座預金)に変わっただけ。それだけだと企業や個人からするともっと借りて投資しようとはならず、行き場を失った当座預金は株式市場など別な運用先に回るだけとなる。
    = 財政支出はこの20年間ずっと緊縮政策をとっており、増えていない。中国、米国と比べても、日本は伸び率はほぼゼロ。また財政支出は民間(企業、個人)の収入を直接増やすので、より大きな乗数効果(お金を使い、それを受け取った人がまた使うという繰り替えにによりお金がもっと回る)が期待できる。これを日本政府はやってこなかった。
  • 財政支出が本当に効くというエビデンスはあるのか?
    = ある。内閣府とOECDのデータによると、財政支出伸び率=経済成長率であるとわかる。日本は1997年から伸び率はゼロ。中国は14%、米国は4.5%。
  • 経済成長率が高いから、財政支出の伸び率が上がったのではないか。因果関係が逆ではないか。
    = 違う。政府がお金を出し、これが世の中を回り、納税で帰ってくるという貨幣論がMMTで、先にお金を出すことから始まっている。
  • 日本は少子高齢化で、だからGDPが減っているのではないか。財政支出の問題ではないのではないか。
    = 違う。ハンガリー、ラトビア、リトアニアなど、同じように人口が減っている国は多いがGDPの伸び率は高い。例えば台湾は出生率は低いものの成長率は2.5%。

  • 財政出動をするとハイパーインフレになり、危険だ。
    = 違う。MMT反対論をはる学者の一番多い反論はこのハイパーインフレ論だ。特に戦中を持ち出して物価が上がったことを例として持ち出す。戦時中高橋是清などが行った財政出動は実際に経済を好転させたデータが残っている。一方で軍部が軍事費に多くを回し、次第に国内で必須の物資がなくなり、それにより需要供給バランスを崩してハイパーインフレを起こした。ハイパーインフレの犯人は財政支出ではなく、いま心配するべきは過剰な軍事費の増加と、実際の戦争。
    かつ、20年もの間、デフレで苦しんでいるときに、ハイパーインフレを心配するというのは建設的な議論だとは言えない。
以上、MMTを勉強していく中で自分自身で疑問に思ったことを中心にQ&A形式でこの本の紹介を試みた。MMT理論自体もまだ詰めが必要な部分が残っており、完璧なものにはなっていないことは筆者の島倉氏も書かれている。私自身、まだ理解を深める必要があると感じているが、データや、現在金融市場、経済状況を見渡す限り、MMTは納得できる解答を与えてくれる。実際私自身も過去にブログで書かせていた考え方がMMTによって見事に勘違いであったことを認めざるを得ないことが多い。最後にMMTの日本経済への処方箋として再度まとめて終わりたい。
  1. 金融政策(いわゆるリフレ派政策)に頼るのではなく、財政支出の拡大が必要である。いまのような予算削減、増税だと消費者の所得向上が達成できない。(実際、安倍政権下の7年でインフレ2%目標は達成できなかった)
    税制支出は直接的に民間を黒字化し、乗数効果が高い。
  2. 今後は財政規律の基準はプライマリーバランス(税収と政府支出をバランスさせようとすること)ではなく、インフレ率(例えば2-3%)にし、いまの生活や未来に残る分野に財政支出を惜しみなくつぎ込むこと。
  3. コロナ増税はしない。これをすると不況に輪をかけて消費を抑制し、デフレ+大不況に向かう。

2021/01/11

財政赤字の神話 ステファニー・ケルトン著、早川書房

MMT(現代貨幣理論)を理解する


 

20211月現在、近代史にまれにみるパンデミックによって日本のみならず世界が危機に立たされている。命を守る医療制度の崩壊危機。自粛による様々な事業への負のインパクト。これに対する日本政府の対応は相変わらず遅い。経済が大事だからと、感染症対策の強化のための財政支出を恐れ、補償給付も後手後手に回り、却って感染症を長引かせている。人々は感染症の先が見えないために消費を絞るという自分を守るための当然の行動を取るし、コロナ後に来るであろう政府の増税論に備える。

何かに似ていないだろうか。そう、少子高齢化による医療・介護費用の増加と、労働人口が減ることによる税収の減少。先が見えないからこそ、若者も老人も守りに入り、それが景気に影をもたらしている。

大学で経済学を学ぶも不良学生だった私が語りつくせるものではないが、MMT(現代貨幣理論)は今までの常識を打ち破るもので、先に挙げた様々な経済問題に有力な対策を与えると思う。まだ完全に全ての疑問に対する答えを探索中ではあるが、この本の解説を試みたい。

 

まず経済学では常識の「合成の誤謬」から始めると良いだろう。自分の家計を考えて、毎月の収入と住宅ローンや今後の子供の教育、老後を考えて、なるべく消費を抑えて将来に備える。個人のレベルでは当然であろう。特に今のような不確実な時代なら尚更だ。ところが、全ての家庭や、あるいは企業が同じことをした場合、当然需要が減るので、国全体としては不況になり、デフレになることもある。つまり個人が良かれと思うことが、国家としては悪いことになり、結果として個人にも悪いこととして帰ってくる。

これと同じことが、日本の財務政策でも起きている。何かに国として財政出動する、その場合に「財源」は何処にあるのか、を語らない政治家は無責任とされる。家計簿をつけている主婦であれば当然のことを政治家はなぜ語れないのかを非難される。

 

MMTはこの常識をひっくり返す。財政赤字は恐れる必要はない、財源などは要らないと言うのである。国債はいくら発行してもデフォルト、償還不能(つまり不渡)にはならないと言うのである。・・・そんなはずは無いだろう、と言うのが普通の反応で、事実、著者のケルトン氏も最初にMMTに触れた時は同じ反応だったと告白している。かつ、経済学者のみならずSNSなどでも大論争になっている。2018年頃から騒がれ始め、一度忘れられるかに思われたが、コロナ禍の元でますます議論されているようだ。しかしMMT、もっと言えば、国債に破綻はあり得ない(自国通貨の発行権限が政府にある国に限る)ことは、1960年代に既に様々な本流とされる学者が発言しているし、日本銀行に相当する米国の連邦準備理事会FRBの議長を務めたグリーンスパン、バーナンキも同じ発言をしている。

実は日本でも財務省が海外の国債格付会社が日本国債の格付を下げた時に正式に抗議している文章https://www.mof.go.jp/about_mof/other/other/rating/p140430.htmで同じ見解を出している。何故国債は安全なのか。何故財政破綻はあり得ないのか。

 

本文の説明とは少し変わるが、お金は何処から来て、何処に行くかを改めて考えると分かる。自営業をされていて、自分で複式帳簿を付けられている方だと却って分かりやすいかもしれない。個人であれば、まず出資により現金が手元にできる。自分の貯金から出したのかもしれないし、銀行から借りたのかも知れない。いずれにしてもその元手から、経費が出ていく。

国はそうならない。まず現金(紙幣とは限らないが)を国民に金融機関経由で配る。そして税金で回収する。つまり、順序が全く逆なのである。考えてみればその通りで、普段お金を目にしているが、そこには日本銀行券として印刷されている。そのお金(通貨)がない限り、消費に回せないし、納税もできない。では国が通貨を産むときに予算が要るか。ブレトンウッズ体制下の金本位制時代であれば金の準備高がその制約だった。しかしいまは何の制約もなく国はお金を創出できる。つまりここにも合成の誤謬に近い大きな勘違いがある。

本書では、政府のバケツと民間のバケツで説明している。最初に政府のバケツに水を貯める。これがお金である。自分で作れるので、水道水を捻る程度の作業で水が貯まる。

今度はこれを民間のバケツに移す。そのうち幾らかを税金として政府のバケツに返してもらう。その状態は、政府のバケツの最初の量より少し減った分が赤字となり、民間に残った量は黒字となる。つまり帳尻がいつも合っている。裏を返すと、民間が黒字(好況)であるためには政府は赤字でないといけない。その政府の赤字が膨らんでも心配する必要はない、水道の蛇口を捻って、水(通貨)を足せば良いだけだ。

 

ところで税金は何のためにあるのか。まず水(通貨)がバケツ(民間の生産能力、つまり通貨を使う需要)から溢れ出て(インフレになる)終わないように、溢れそうになれば税金で吸い上げる、そのための安全装置である。また、税金は通貨で払わなければならない、だからこそ、通貨というものへの需要が安定し、人々に通貨は必要ものだと思わせる機能でもある。税金については様々な効用があるのだが、そこは割愛するとして、よく誤解されている「MMTは無税国家を作る社会主義の考え方だ」という議論である。MMTは税金は必要だとしている。特にインフレの抑制を税金によって行うために、さらには貨幣に価値を持たせるために税金は必要としている。問題は誰に税をかけるか、どう掛けるか、その議論に集約される。


モズラーという投資市場にいた人が近年のMMTの発案者として取り上げられている。その前にも気付いていた人がいるわけだが、彼は株式市場などをつぶさに観察する中で直感的に、通貨は民間から出るものではなく、政府から出てくるものだと見抜いた人物である。

彼の例えも分かりやすい。株式で成功したかれの広大な庭に囲まれた瀟洒な家に一緒に住む二人のまだ小さな息子たちは、家の中を毎日散らかしていた。

モズラーは一計を案じた。毎日キチンと整理整頓し、庭仕事を手伝うよう言いつけた。そしてその代わりに自分の名刺を毎日一枚上げようと。息子たちは名刺に有り難みは感じない。相変わらず家や庭を散々にしていた。ある日モズラーはこう命じた。「週に自分の名刺を3枚集めて自分に返しなさい。さもないとこの家から放り出す」と。すると二人の息子達は途端に家事を手伝い、モズラーの名刺を集め始めたのだそうである。似たようなことをしている親、あるいは子供時代に親からされた経験が無いだろうか。

つまり税金をとる、税金を払わないなら懲罰がある、それが通貨を使う元々の動機になっている。そのうちに、その通貨をやり取りして利潤を上げることをし始めたのが我々のいまの経済活動と言える。

MMTの骨子は、①財政は破綻しない、②財政赤字=民間黒字、③政府支出は財政均衡を目安にするのではなく、過剰なインフレ(3%以上を想定)を起こさないようにすること、④インフレを防ぐのが税の役割、⑤財政出動を何に使うかは政府の考え方次第。この本では富の分散、インフラ・教育・科学研究・医療など、質と量で後世に残るものを対象に使うべきだとしている。


大きな骨格はこれまで記述した通りだが、箇条書きで他のポイントも記しておく。

u 財政出動で通貨が増えすぎるとハイパーインフレにならないか?  = ならない。日本はずっと財政赤字だがインフレどころかデフレ基調である。ただし、インフレが起こらないようにモニタリングと税の増減による調整は必要。

u  現実の政府による資金調達は国債で賄われる。通貨発行の手段として、また金利調整の手段として用いられる。

u  財政赤字は常に国民の富かどうか?
全体としてはその通りだが、偏ることも多く、それは政治による税の掛け方により結果が違ってくる。高額所得者の減税という形だと富の偏重を生むとともに、もともとお金持ちの場合、減税になっても貯蓄や投資に回すため、乗数効果が期待できない。(乗数効果=誰かが売上や工賃として受け取り、それを消費にまわす。これが何度も繰り返すことで波及効果が高くなる)
また国債を発行して、それが殆ど国外で買われるとすると、国内で増える富には反映されない。<この部分はより深い考察が必要>

u  財政赤字が増えると金利は影響されるのか?

関係ない。政府のバケツから民間のバケツに水が移っただけで、全体としては同じなので、金利に影響は出ない。<この部分もより考察が必要>

u  自由貿易か、自国主義か?

MMTでこれは規定していない。少なくとも自由貿易によって双方の生産効率が上がること、さらに関税は非生産的であるという点は一般の経済学者の考え方と同じ。ただし、国内雇用の保護という点で考えると、MMTが提唱する就業保証プログラムを利用して雇用を守ることを推奨している。

u  夕張市を始め、大都市と地方の格差にMMTは解はあるか?

MMTは使い道を議論していない。ただし、この本においては、就業保証プログラムに近い考え方で、地域活性化と地理的な富の偏重を修正する施策はあるとする。

u  中国や日本が莫大な米国債を抱えている。これを一気に売ると大暴落にならないか?
ならない。貿易黒字だから自動的に米国債が増えているだけ。追加国債で通貨を増やし、償却すれば良いだけ。

u  日本でもMMTは有効な考え方か?
日本は自身で通貨発行でき、かつ先進国であるため、発展途上国のようにドルなどの外貨を借入して生活必需品を購入する必要がない。かつ強い貨幣であるため、アメリカ、イギリス、オーストラリアのようにMMTは有効。ただしEUはいづれの国も自身で通貨発行できないため、MMTを政策に反映させるには注意が必要。

u  財政均衡を達成することは良い事ではないのか?
経済には悪影響。政府の黒字は民間の赤字。事実、フレデリック・マイヤーの1996年の研究によると米国の過去の深刻な景気後退はいづれも財政均衡時に起きている。

この本を読んで改めて気付かされるのは、日米は程度の違いはあれ、同じ問題を抱えている。財政赤字(実は問題ではないが)による年金資金への不安、社会保障の持続性への不安、インフラの老朽化、教育機会の不平等、医療の不平等、貧富の格差、過疎化、高齢化、気候変動、民主主義の劣化(デマゴーグ)等々。アメリカでもまだMMTは政治的に受け入れられていないものの、多くの政治家は気付きつつあるようだ。2021年1月にすったもんだの挙句いバイデン氏が大統領に就任し、早速200兆円の財政出動を行うとしている。これは少なからずMMTの考え方が政権内でも採用される兆しかも知れない。また、日本でも少しづつ受け入れられていると聞く。というより、意図してかどうかは別として、似たような政策を取りつつある。

まだまだ疑問(懐疑的と言う意味でなく、どういう因果関係が発生するか科学的に説明できる域に自分が達していないと言う意味で)は多く、勉強の必要はあるが、まずは一級の読み物だと思う。


 



ステファニー・ケルトン教授

2021/01/10

これからの「正義」の話をしよう “Justice” 著者:マイケル・サンデル、早川書房

  NHKなどで2010年代前半に盛んに放送した「ハーバード白熱教室」の哲学授業を観た人も多いだろう。彼の授業は至高ファシリテーションと言え、研修や授業をする上でのベストモデルだと考える。

なれない哲学の本、かなり平易に書いているのだと思うが、この分野の素人の私は大いに手こずった。専門家から見るとかなり危ない試みだろうが、その主張の要旨を書いてみたい。


 

 テーマは本の題名通り、「正義とは何か」。何を以って正しいのか、という正解がない普遍的なテーマを扱っている。

まず有名な、一人を殺せば、五人が助かる・・・これは善か悪か、という究極の選択から議論が始まる。そしれ歴史的に様々な哲学者の理論によってどう回答が導き出され、それに対してどういう欠陥があるかを論じている。

大きくまとめると、サンデルが取り上げているのは3つの考え方だ。

1.     功利主義 (Utilitarian) 

幸福・快楽を数値化することで、全体最適を正とする。この考え方に沿うと五人を救うために一人の犠牲を伴うことは明確に許容されることになる。

2.     リバタリアン (Libertarian)
選択の自由を尊重する考え方であり、他者の権利を侵さない限りにおいて、個人の自由を重視する考え方。アメリカだと政治が個人の自由に制約をかけるべきではないという共和党の主張に近い考え方。

3.     公共善主義 (Communitarian)
サンデル自身はこの考え方をとる。正義というものは美徳を涵養することと、共通善について判断することが含まれるという考え方。


Utilitarian(功利主義)は正義と権利を、原理によってではなく、計算による評価に単純化することに大きな欠陥を抱えている。つまり一つの価値基準しか採用しておらず、質について考慮していない。五人の命と一人の命、なぜ五人の命が尊いのか、数の議論しか出来ていない。


リバタリアンの考え方は、功利主義的な数値化された基準による判断を否定することで、一つの解決に辿り着いている。しかし、個々の自由に偏りすぎ、どの自由まで許されるのかに踏み込めないでいる。つまり「正義」には個々の判断が関わってくることが避けられず、名誉・美徳・誇り・認識の概念から切り離すことができない。


公共善、Communitarianの考え方は、違いを認めるところから始まっている。効用の最大化や個人の選択の自由を否定はしない。ただし、公正な社会の実現には避けられない、価値観や考え方の不一致を受け入れる公共の文化を作り出さないとならないと説いている。

具体的な政治的言説を挙げると、物質の欠乏を満たすことと、精神的・道徳的欠乏を満たすことは同じではない、という主張だ。大事なことは道徳(公共の正義)に対する認識の違いによる議論から背を向けてはいけない、最終的に一致することはないであろう複数の考え方を尊重し、その議論の中から社会としての進み方が包括的に決まっていくという立場である。


深く考えていくと、その一行一行に意味があり、300ページを超える邦訳を読みこなすのはかなりしんどい。ただここから見えてくるのは、現在曲がり角に差し掛かっている民主主義をどう修正するかという試みである。この文章を書いている20211月、米国では大統領選後の混乱が収まらない。貧富の格差(1%の人口が米国の50%の資産を支配する)は人種問題、教育問題、様々な課題に影を落とす。人々が解決案の無い課題を抱えている中に、これを利用して扇動する政治家も現われ、より社会の混沌を深める。

こういう時に改めて何が正しいのかを考えてみる、議論してみる、それが大切だと改めて思う。