2021/01/11

財政赤字の神話 ステファニー・ケルトン著、早川書房

MMT(現代貨幣理論)を理解する


 

20211月現在、近代史にまれにみるパンデミックによって日本のみならず世界が危機に立たされている。命を守る医療制度の崩壊危機。自粛による様々な事業への負のインパクト。これに対する日本政府の対応は相変わらず遅い。経済が大事だからと、感染症対策の強化のための財政支出を恐れ、補償給付も後手後手に回り、却って感染症を長引かせている。人々は感染症の先が見えないために消費を絞るという自分を守るための当然の行動を取るし、コロナ後に来るであろう政府の増税論に備える。

何かに似ていないだろうか。そう、少子高齢化による医療・介護費用の増加と、労働人口が減ることによる税収の減少。先が見えないからこそ、若者も老人も守りに入り、それが景気に影をもたらしている。

大学で経済学を学ぶも不良学生だった私が語りつくせるものではないが、MMT(現代貨幣理論)は今までの常識を打ち破るもので、先に挙げた様々な経済問題に有力な対策を与えると思う。まだ完全に全ての疑問に対する答えを探索中ではあるが、この本の解説を試みたい。

 

まず経済学では常識の「合成の誤謬」から始めると良いだろう。自分の家計を考えて、毎月の収入と住宅ローンや今後の子供の教育、老後を考えて、なるべく消費を抑えて将来に備える。個人のレベルでは当然であろう。特に今のような不確実な時代なら尚更だ。ところが、全ての家庭や、あるいは企業が同じことをした場合、当然需要が減るので、国全体としては不況になり、デフレになることもある。つまり個人が良かれと思うことが、国家としては悪いことになり、結果として個人にも悪いこととして帰ってくる。

これと同じことが、日本の財務政策でも起きている。何かに国として財政出動する、その場合に「財源」は何処にあるのか、を語らない政治家は無責任とされる。家計簿をつけている主婦であれば当然のことを政治家はなぜ語れないのかを非難される。

 

MMTはこの常識をひっくり返す。財政赤字は恐れる必要はない、財源などは要らないと言うのである。国債はいくら発行してもデフォルト、償還不能(つまり不渡)にはならないと言うのである。・・・そんなはずは無いだろう、と言うのが普通の反応で、事実、著者のケルトン氏も最初にMMTに触れた時は同じ反応だったと告白している。かつ、経済学者のみならずSNSなどでも大論争になっている。2018年頃から騒がれ始め、一度忘れられるかに思われたが、コロナ禍の元でますます議論されているようだ。しかしMMT、もっと言えば、国債に破綻はあり得ない(自国通貨の発行権限が政府にある国に限る)ことは、1960年代に既に様々な本流とされる学者が発言しているし、日本銀行に相当する米国の連邦準備理事会FRBの議長を務めたグリーンスパン、バーナンキも同じ発言をしている。

実は日本でも財務省が海外の国債格付会社が日本国債の格付を下げた時に正式に抗議している文章https://www.mof.go.jp/about_mof/other/other/rating/p140430.htmで同じ見解を出している。何故国債は安全なのか。何故財政破綻はあり得ないのか。

 

本文の説明とは少し変わるが、お金は何処から来て、何処に行くかを改めて考えると分かる。自営業をされていて、自分で複式帳簿を付けられている方だと却って分かりやすいかもしれない。個人であれば、まず出資により現金が手元にできる。自分の貯金から出したのかもしれないし、銀行から借りたのかも知れない。いずれにしてもその元手から、経費が出ていく。

国はそうならない。まず現金(紙幣とは限らないが)を国民に金融機関経由で配る。そして税金で回収する。つまり、順序が全く逆なのである。考えてみればその通りで、普段お金を目にしているが、そこには日本銀行券として印刷されている。そのお金(通貨)がない限り、消費に回せないし、納税もできない。では国が通貨を産むときに予算が要るか。ブレトンウッズ体制下の金本位制時代であれば金の準備高がその制約だった。しかしいまは何の制約もなく国はお金を創出できる。つまりここにも合成の誤謬に近い大きな勘違いがある。

本書では、政府のバケツと民間のバケツで説明している。最初に政府のバケツに水を貯める。これがお金である。自分で作れるので、水道水を捻る程度の作業で水が貯まる。

今度はこれを民間のバケツに移す。そのうち幾らかを税金として政府のバケツに返してもらう。その状態は、政府のバケツの最初の量より少し減った分が赤字となり、民間に残った量は黒字となる。つまり帳尻がいつも合っている。裏を返すと、民間が黒字(好況)であるためには政府は赤字でないといけない。その政府の赤字が膨らんでも心配する必要はない、水道の蛇口を捻って、水(通貨)を足せば良いだけだ。

 

ところで税金は何のためにあるのか。まず水(通貨)がバケツ(民間の生産能力、つまり通貨を使う需要)から溢れ出て(インフレになる)終わないように、溢れそうになれば税金で吸い上げる、そのための安全装置である。また、税金は通貨で払わなければならない、だからこそ、通貨というものへの需要が安定し、人々に通貨は必要ものだと思わせる機能でもある。税金については様々な効用があるのだが、そこは割愛するとして、よく誤解されている「MMTは無税国家を作る社会主義の考え方だ」という議論である。MMTは税金は必要だとしている。特にインフレの抑制を税金によって行うために、さらには貨幣に価値を持たせるために税金は必要としている。問題は誰に税をかけるか、どう掛けるか、その議論に集約される。


モズラーという投資市場にいた人が近年のMMTの発案者として取り上げられている。その前にも気付いていた人がいるわけだが、彼は株式市場などをつぶさに観察する中で直感的に、通貨は民間から出るものではなく、政府から出てくるものだと見抜いた人物である。

彼の例えも分かりやすい。株式で成功したかれの広大な庭に囲まれた瀟洒な家に一緒に住む二人のまだ小さな息子たちは、家の中を毎日散らかしていた。

モズラーは一計を案じた。毎日キチンと整理整頓し、庭仕事を手伝うよう言いつけた。そしてその代わりに自分の名刺を毎日一枚上げようと。息子たちは名刺に有り難みは感じない。相変わらず家や庭を散々にしていた。ある日モズラーはこう命じた。「週に自分の名刺を3枚集めて自分に返しなさい。さもないとこの家から放り出す」と。すると二人の息子達は途端に家事を手伝い、モズラーの名刺を集め始めたのだそうである。似たようなことをしている親、あるいは子供時代に親からされた経験が無いだろうか。

つまり税金をとる、税金を払わないなら懲罰がある、それが通貨を使う元々の動機になっている。そのうちに、その通貨をやり取りして利潤を上げることをし始めたのが我々のいまの経済活動と言える。

MMTの骨子は、①財政は破綻しない、②財政赤字=民間黒字、③政府支出は財政均衡を目安にするのではなく、過剰なインフレ(3%以上を想定)を起こさないようにすること、④インフレを防ぐのが税の役割、⑤財政出動を何に使うかは政府の考え方次第。この本では富の分散、インフラ・教育・科学研究・医療など、質と量で後世に残るものを対象に使うべきだとしている。


大きな骨格はこれまで記述した通りだが、箇条書きで他のポイントも記しておく。

u 財政出動で通貨が増えすぎるとハイパーインフレにならないか?  = ならない。日本はずっと財政赤字だがインフレどころかデフレ基調である。ただし、インフレが起こらないようにモニタリングと税の増減による調整は必要。

u  現実の政府による資金調達は国債で賄われる。通貨発行の手段として、また金利調整の手段として用いられる。

u  財政赤字は常に国民の富かどうか?
全体としてはその通りだが、偏ることも多く、それは政治による税の掛け方により結果が違ってくる。高額所得者の減税という形だと富の偏重を生むとともに、もともとお金持ちの場合、減税になっても貯蓄や投資に回すため、乗数効果が期待できない。(乗数効果=誰かが売上や工賃として受け取り、それを消費にまわす。これが何度も繰り返すことで波及効果が高くなる)
また国債を発行して、それが殆ど国外で買われるとすると、国内で増える富には反映されない。<この部分はより深い考察が必要>

u  財政赤字が増えると金利は影響されるのか?

関係ない。政府のバケツから民間のバケツに水が移っただけで、全体としては同じなので、金利に影響は出ない。<この部分もより考察が必要>

u  自由貿易か、自国主義か?

MMTでこれは規定していない。少なくとも自由貿易によって双方の生産効率が上がること、さらに関税は非生産的であるという点は一般の経済学者の考え方と同じ。ただし、国内雇用の保護という点で考えると、MMTが提唱する就業保証プログラムを利用して雇用を守ることを推奨している。

u  夕張市を始め、大都市と地方の格差にMMTは解はあるか?

MMTは使い道を議論していない。ただし、この本においては、就業保証プログラムに近い考え方で、地域活性化と地理的な富の偏重を修正する施策はあるとする。

u  中国や日本が莫大な米国債を抱えている。これを一気に売ると大暴落にならないか?
ならない。貿易黒字だから自動的に米国債が増えているだけ。追加国債で通貨を増やし、償却すれば良いだけ。

u  日本でもMMTは有効な考え方か?
日本は自身で通貨発行でき、かつ先進国であるため、発展途上国のようにドルなどの外貨を借入して生活必需品を購入する必要がない。かつ強い貨幣であるため、アメリカ、イギリス、オーストラリアのようにMMTは有効。ただしEUはいづれの国も自身で通貨発行できないため、MMTを政策に反映させるには注意が必要。

u  財政均衡を達成することは良い事ではないのか?
経済には悪影響。政府の黒字は民間の赤字。事実、フレデリック・マイヤーの1996年の研究によると米国の過去の深刻な景気後退はいづれも財政均衡時に起きている。

この本を読んで改めて気付かされるのは、日米は程度の違いはあれ、同じ問題を抱えている。財政赤字(実は問題ではないが)による年金資金への不安、社会保障の持続性への不安、インフラの老朽化、教育機会の不平等、医療の不平等、貧富の格差、過疎化、高齢化、気候変動、民主主義の劣化(デマゴーグ)等々。アメリカでもまだMMTは政治的に受け入れられていないものの、多くの政治家は気付きつつあるようだ。2021年1月にすったもんだの挙句いバイデン氏が大統領に就任し、早速200兆円の財政出動を行うとしている。これは少なからずMMTの考え方が政権内でも採用される兆しかも知れない。また、日本でも少しづつ受け入れられていると聞く。というより、意図してかどうかは別として、似たような政策を取りつつある。

まだまだ疑問(懐疑的と言う意味でなく、どういう因果関係が発生するか科学的に説明できる域に自分が達していないと言う意味で)は多く、勉強の必要はあるが、まずは一級の読み物だと思う。


 



ステファニー・ケルトン教授