企業、あるいはその一部門が大きな利益を上げることは目標であると同時に、その継続は余計難しくなる。それを乗り越えて長期に存続する企業にはどういう共通点があるのか、逆に巨大企業が本業転換に失敗してなぜ市場から消えていったかを事実をもとに分析している、良書だと思う。
山田氏は早稲田大学ビジネススクールの教授で、標準化の研究の大家である。ビジネススクールに企業から派遣されてきたゼミ生の手嶋氏が研究し、最終的にご一緒に一冊に仕上げたとのこと。何が起きたかのデータもしっかり検証してあり、推測による判断を極力排除しているところが科学的アプローチに徹している。- 企業の寿命は30年
1983年日経ビジネスによる過去100年間の日本企業の売上を基準として発表されたデータを参照している。途中で一次大戦、二次大戦を経ているとは言え、今後も経済環境を大きく変える出来事は起こりえる。その意味で、一業にこだわり、常に変化に対応できる体質を備えていないと30年で寿命が来るという具体例である。
かつて勤務していた350年の歴史を持つドイツ系の化学メーカーは、創業家一族が株式の過半をもつオーナー企業であるが(個人というより300名以上の親類で持っているのでギルドで経営している状態に近い)、創業家代表になぜそれだけの長期間企業が持ったのかを聞くと、即座に「Change」と答えた。世の中の変化に対応する変化を自ら行ってきた、ということである。 - 衰退時の戦略
それでも企業は衰退していく。市場のライフサイクルに逆らえず、その市場ややり方のみにこだわればどうしてもいつかは終焉を迎える。そんな時、少しでも永らえる、あるいは新たな活路を見出すにはどのようなやり方があるだろうか。 - 市場でトップの地位を確保する(競合買収などの手も検討)
- 拠点確保(地域、アプリケーション、製品のセグメントの中で確固たる地位を築く)
- 刈り取り(収穫期と位置付けて、効率化、コストカット、顧客の選別、製品の選別を行い、利益低下を防ぐ)
- 即時撤退(売却)
- 本業転換の難しさ
- 転換タイミングの見極め
- ビジネスライフサイクルのどこにいるのかの見極め
ウィスキーは衰退産業と思われていたがハイボールや海外需要の急増で原酒が足りなくなってしまった。 - 衰退はゆっくり来るので、まだ大丈夫と思っています人間の本能
正常性バイアスが背景にある(拙著:ダイバーシティーと無意識の偏見) - 大きな売り上げがすでに上がっていることによる、社会的使命
- 残存者利益を求める
- 新事業を始めても、本業のKPIを当てはめて評価するために、プライオリティが下げられてしまう。
- 本業と新事業の双方をやっていく。
- 本業は深化
- 新事業は探索
- 富士フィルムとコダックの比較を行う(本書では数例を挙げている)
- 富士フィルムはソニーが1981年にマビカを出して以降、いち早くデジタル化の製品を作るなど基礎技術を磨いていたが、社内での評価は芳しくなく、2000年にフィルム事業収益の最大化を迎えて、なおさらデジカメなどへのシフトが少し遅れた。
- とは言え、そこからの巻き返しはデジタル、医療、美容、電子材料などへの転換(というより、基礎研究はなされていたものと思われる、そのシーズをとらえて思い切った投資をしたと考えているー私の考え)
- 一方でコダックは世界最先端の技術と収益が邪魔をして2012年に経営破綻。
- 調べてみると、デジタル映像技術、複写機、医療など、現在富士フィルムが手掛けている様々なビジネスに1980年代から取り組んでいた。問題は、そのための買収をし、儲からないからと売却をし、また買収するなど、短期的な経営に終始した。せっかくのシーズを持ち、かつ巨額の収益によって投資は可能であったろうと思われるのに、一貫性のない戦略で効果を出すことができなかった。
- 存続企業の共通点
- 新事業の開始タイミングとしては、過去最大利益を出す少し前くらいからが良いのではないか。(私自身のS社テレビ事業でも同じことがいえた。CRT「ブラウン管」型テレビで史上最高益を2001年に出しているが、フラットテレビへの取り組みが社内の抵抗もあって遅れた経験がある。巨額の利益が出た時こそ、勝って兜の緒を締めよ、という格言どおりにするべきだろう)
- 分野の選定方法:富士フィルムは自社に存在した技術を核に、多角化で成功している。同じアプローチは日清紡で、もはや何の会社か一言で言い表せないほど多角化した。それでいながら、収益が厳しくなると考えて祖業に近いと一般に思われる合成繊維には手を出さなかった。
事業の転換、祖業を場合によっては捨てる、そういう厳しい判断も経営に携わるものとして常に意識をしなければならないことを示唆する本だった。