2020/12/19

本業転換 山田英夫、手嶋友希共著

 企業、あるいはその一部門が大きな利益を上げることは目標であると同時に、その継続は余計難しくなる。それを乗り越えて長期に存続する企業にはどういう共通点があるのか、逆に巨大企業が本業転換に失敗してなぜ市場から消えていったかを事実をもとに分析している、良書だと思う。

 山田氏は早稲田大学ビジネススクールの教授で、標準化の研究の大家である。ビジネススクールに企業から派遣されてきたゼミ生の手嶋氏が研究し、最終的にご一緒に一冊に仕上げたとのこと。何が起きたかのデータもしっかり検証してあり、推測による判断を極力排除しているところが科学的アプローチに徹している。
  • 企業の寿命は30年
    1983年日経ビジネスによる過去100年間の日本企業の売上を基準として発表されたデータを参照している。途中で一次大戦、二次大戦を経ているとは言え、今後も経済環境を大きく変える出来事は起こりえる。その意味で、一業にこだわり、常に変化に対応できる体質を備えていないと30年で寿命が来るという具体例である。
    かつて勤務していた350年の歴史を持つドイツ系の化学メーカーは、創業家一族が株式の過半をもつオーナー企業であるが(個人というより300名以上の親類で持っているのでギルドで経営している状態に近い)、創業家代表になぜそれだけの長期間企業が持ったのかを聞くと、即座に「Change」と答えた。世の中の変化に対応する変化を自ら行ってきた、ということである。
  • 衰退時の戦略
    それでも企業は衰退していく。市場のライフサイクルに逆らえず、その市場ややり方のみにこだわればどうしてもいつかは終焉を迎える。そんな時、少しでも永らえる、あるいは新たな活路を見出すにはどのようなやり方があるだろうか。
    • 市場でトップの地位を確保する(競合買収などの手も検討)
    • 拠点確保(地域、アプリケーション、製品のセグメントの中で確固たる地位を築く)
    • 刈り取り(収穫期と位置付けて、効率化、コストカット、顧客の選別、製品の選別を行い、利益低下を防ぐ)
    • 即時撤退(売却)
  • 本業転換の難しさ
    • 転換タイミングの見極め
      • ビジネスライフサイクルのどこにいるのかの見極め
        ウィスキーは衰退産業と思われていたがハイボールや海外需要の急増で原酒が足りなくなってしまった。
    • 衰退はゆっくり来るので、まだ大丈夫と思っています人間の本能
      正常性バイアスが背景にある(拙著:ダイバーシティーと無意識の偏見)
    • 大きな売り上げがすでに上がっていることによる、社会的使命
    • 残存者利益を求める
    • 新事業を始めても、本業のKPIを当てはめて評価するために、プライオリティが下げられてしまう。
  • 本業と新事業の双方をやっていく。
    • 本業は深化
    • 新事業は探索
  • 富士フィルムとコダックの比較を行う(本書では数例を挙げている)
    • 富士フィルムはソニーが1981年にマビカを出して以降、いち早くデジタル化の製品を作るなど基礎技術を磨いていたが、社内での評価は芳しくなく、2000年にフィルム事業収益の最大化を迎えて、なおさらデジカメなどへのシフトが少し遅れた。
    • とは言え、そこからの巻き返しはデジタル、医療、美容、電子材料などへの転換(というより、基礎研究はなされていたものと思われる、そのシーズをとらえて思い切った投資をしたと考えているー私の考え)
    • 一方でコダックは世界最先端の技術と収益が邪魔をして2012年に経営破綻。
    • 調べてみると、デジタル映像技術、複写機、医療など、現在富士フィルムが手掛けている様々なビジネスに1980年代から取り組んでいた。問題は、そのための買収をし、儲からないからと売却をし、また買収するなど、短期的な経営に終始した。せっかくのシーズを持ち、かつ巨額の収益によって投資は可能であったろうと思われるのに、一貫性のない戦略で効果を出すことができなかった。
  • 存続企業の共通点
    • 新事業の開始タイミングとしては、過去最大利益を出す少し前くらいからが良いのではないか。(私自身のS社テレビ事業でも同じことがいえた。CRT「ブラウン管」型テレビで史上最高益を2001年に出しているが、フラットテレビへの取り組みが社内の抵抗もあって遅れた経験がある。巨額の利益が出た時こそ、勝って兜の緒を締めよ、という格言どおりにするべきだろう)
    • 分野の選定方法:富士フィルムは自社に存在した技術を核に、多角化で成功している。同じアプローチは日清紡で、もはや何の会社か一言で言い表せないほど多角化した。それでいながら、収益が厳しくなると考えて祖業に近いと一般に思われる合成繊維には手を出さなかった。
 事業のリソースは常に限られる。収益が大きくなった会社でも、暇な人が余っているケースは少ない。その中で、常に変革を求められるから、限られたリソースをどう使うかが重要になる。何を辞めるのか、何を始めるのか。Stop & Goは常に重要な判断となる。
事業の転換、祖業を場合によっては捨てる、そういう厳しい判断も経営に携わるものとして常に意識をしなければならないことを示唆する本だった。



2020/11/25

なぜ、人は操られ支配されるのか (西田公昭著・さくら舎)

 マインドコントロールという言葉は1980年より前に生まれた方であればよく知っているだろうと思う。あのオウム真理教というカルト集団が地下鉄サリン事件をはじめ多くの犯罪を犯し、そこで駆使された人間の心理を操る手法として有名になったからである。事件当時三十代半ばだった私は事件の際にたまたま海外旅行をしていて、ニュースで知った。正直なところ日本に帰るのが怖かった。オウム真理教の本拠があった富士山麓に毒ガス防護服を着こみ、カナリアの入ったかごを持った特殊部隊が隊列を組んで移動している光景が、尋常ではなく衝撃的だった。


その後、マインドコントロールの翻訳本や、立花隆の臨死体験などを読み、なぜカルトというものが成立するのか、なぜ洗脳されるのかの仕組みをかじってみた。どうすれば人は現実を現実として受け入れられるのか知りたかったからである。

実は日本で本格的にマインドコントロールの研究をしている学者は少なく、西田氏は立正大学で社会心理学の教授として研究に携わり、国連の対テロ心理研究や、国内のカルト・特殊詐欺などの裁判などで心理判定をされている。オウムをはじめとした事件がどうしておきたかを証言をもとに検証されている。

なぜ今になって、こういうことを改めて勉強しようと思ったかというと、2020年のアメリカ大統領選である。トランプ氏が大統領として適任と思っている人は日本では少数派だが、アメリカでは熱狂的にそれを支持する一群がいる。またQアノンと呼ばれるSNS上の集団が、米国は悪魔と結託した民主党やエスタブリッシュメントに支配されていて、その支配を突き崩すために天から送り込まれたのがトランプだというメッセージを拡散させ、それを本気で信じている人が相当数いることに驚きを隠せなかったからである。改めて、どういう心理が働き、そんな現実離れしたことを信じられるのかを知りたくなった。その一つの解を与えてくれる本だった。

気づきとしては、まず洗脳とマインドコントロールは別だということ。洗脳は強制的に連行し、拷問などを通して人の信念を変えることができる。一方で、拘束された状況から逃れれば元に戻ることも多い。一方でマインドコントロールは強制力を伴わない。しかし、心理的に信じれば救われる、信じなければ取り返しがつかないことが起きると脅され、追い込まれていき、時間をかけながら人の心に働きかけ、信念を変えていく。むしろこの手法の方が抜け出すのが困難だそうである。オレオレ詐欺などの特殊詐欺も、ある意味でマインドコントロールの手法に分類される。

私達が気をつけたいのは、どんなに心の強い人でもマインドコントロールにははまり込む、ということである。また近年、何が正しいのか、間違っているのかが分かりにくくなっていることも大きく影響しているという。戦後日本の復興時は迷う必要はなかった。働けば収入が増える、そういう単純な解があった。いまは長い低迷期、周辺国に振り回される国際環境、将来の保障も安心とは言えない、そういう複雑系の中で、確信をもって生きている人は少なく、常に迷いがある。SNSも加わって世の中に情報があふれ、どれが正しいのかわからない。こういう時代背景の中で、ズバッと答えが出る、分かりやすい論理が出てくると、人はもともと弱い生き物なので、悩み・考えることをやめて、その答えや論理にすがりつく。それを逆手にとっているのが悪質なカルト宗教や詐欺グループということである。

あらためて思い出させられたのは、人生は何か、今後の日本、社会ははどうなるのか、そういう複雑で大きな問題にズバリの正解は無いということ。それを声高に叫ぶ人には注意した方が良いということである。社会不安は、人々の心理を救世主(独裁者)に向ける。いろいろな不安があるが、すべてこの人に任せれば大丈夫だと思いたがる。それが危険であり、我々が戦時中の軍国主義の台頭を防げなかった大きな理由でもある。

良書だと思う。

(追記)

安倍元首相暗殺で再度取り上げられている旧統一教会問題。この組織はカルトである。

宗教の自由と、カルトを一緒にして考えてはいけない。一部の「専門家・評論家」が言うような信教の自由を犯さない・・という議論とは別な問題で、入口はその宗教とは分からず、個人の選択をさせないように一方的に情報を入れていき、同時にお金が貴方を救うとマインドコントロールしていく。私の大学時代には非常に問題視されていた団体が、時の与党、しかも最大派閥にここまで入り込んでいたことに驚きを隠せない。オーム真理教も知らない若い世代には本当に注意をしてほしい。一人で立ち向かい論破しようと無謀なことをしては行けない。自分に悩みがある、家族に悩みがある、かつ経済的に比較的恵まれている人は狙われやすい。まずハッキリと断る、追いかけられるようであれば、弁護士など救済する信頼のおける団体に相談することが大事。(2022.8.23追記)